もう一生分のくるりは聴いた、と友人は言った。

 目的に優先順位をつけるとしたら、
1、京都で友人に会い、一緒に大覚寺五大明王展を見にいく
2、みやこめっせで春の古書市を見る
3、大阪で友人に会う
の順だった関西旅行。その全てを叶えられたので良い旅行だった。

 出発は4月30日の夜行バス。いつも夜行バスでは眠れないため、身体を疲れさせておけば少しは違うかと早起きし街を歩き回る。途中メールをチェックすると、京都の友人からメールが来ていた。なんでも誕生日を迎えたとのこと。ならばなにか土産でもと、ちょうど中野を歩いていたのでタコシェに寄る。詳しくは知らないが京都で友人になった人はサブカル寄りの人らしいので喜んでくれそうなものを選ぶ。ついでにまんだらけを見ていたら「ぱふ」の森脇真末味特集号があったので自分用に購入。
 新宿からバスに乗り京都に着いたのが翌日の6時30分。とりあえず7時まで時間を潰し京都タワーの下の銭湯にゆく。そういえばかなりの疲労具合で夜行バスにのったので、これは眠れるかもと期待したのだが結局眠れなかった。疲れ損。湯船の中でうたた寝し溺れそうになる。

 古書市まで時間があったので、街をぶらつく。路地を渡り歩きひたすら北上し、そういえば京都国際マンガミュージアムってこのへんじゃなかったっけと辺りを探すとやがて烏丸通沿いに見つける。場所を覚え、そろそろちょうどよいかと、東に向きを変え平安神宮を目指して進む。開場は10時。早く着きすぎてもあれなので意識的にゆっくり歩くも9時半くらいについてしまう。並んでいる人などおるまいとたかをくくっていたら、やたらに人が並んでいる。なんだこの熱気は。開場と同時に人が雪崩れ込む。
 広い会場には40店以上の古本屋が出店しているらしい。とりあえず端から見てまわる。棚に沿って歩いていると、横で本を見ている人と私の間にちょっとした隙間ができた。あいだを詰めようとすると、横合いから爺さんがその隙間に足先を入れるようにし、膝裏で私の膝を軽く押した。なんだこの爺さん横入りか、と押し返そうとした瞬間、肩口からすっと入りこんできたその動きに重心を崩される。たたらを踏む私に爺さんが、ぶるり、と身体を震わせた。爺さんの背中が胸に当たる。一瞬、息が詰まり弾き飛ばされそうになる。慌ててふんばると、その隙に爺さんはぬるりと入り込むようにして自分の場所を確保していた。悠然と本を探し始める爺さん。唖然とする私。なんだこの爺さん。その後も、少しでも隙間ができると爺さん達が強烈なプレスをかけてきて、何度か列から弾き飛ばされる。その入りこみの強さに、この人たちはなにか特殊な身体技法でも修めているのではないかといぶかしむ。最初の爺さん、あれ絶対崩しにきてたぞ。あとで京都の友人にその話をしたところ、あー、京都のお年寄りはんつよい人多いし遠慮とかせんでええですよ、といわれた。いや、遠慮とかそういう問題ではないような気がするのだが。京都の爺さんは凄いと思った。
 結局、全て見てまわるのに4時間強を要した。購入したのは以下のもの。

 朝来た道を西にひき返し京都国際マンガミュージアムに。小学校を改築したという建物は広い中庭に芝生がしかれ、日光を浴びながら思い思いのすがたでマンガを読む人たちがいる。とても気持ちよさそうだ。ここで念願の内田善美を四冊(『星くず色の船』『かすみ草にゆれる汽車』『空の色ににている』『ひぐらしの森』)見つけ読みふける。『空の色ににている』が一番完成度が高い気がした。館内の掲示を見ると、メビウスが来るらしい。大友克洋村田蓮爾との対談も予定されているらしい。なんと豪華な。それにしても良い場所。年間パスポートもあるみたいだけど、近くにあったら絶対に買っているなと思った。

 二日目。昼に大阪で友人と待ち合わせ。時間があったので出町ふたばにゆき、豆餅を購う。かなり並んでいたが、客捌きが良いのかすぐに私の番になる。以前食べたスタンダードなものを二個と、黒豆入りのものを一個。下鴨神社まで歩き、途中のベンチで食べる。ふくふくとした手触り。手に持ってしばし感触を楽しむ。口に含むとにちっとした歯ごたえのお餅に、鼻から豆の香りがふわっとぬける上品な甘さの餡。そこにちょっと塩味のきいた豆がアクセントになって、非常に美味しい。昨日からなにも食べていなかったのであっというまに喰らいつくす。食べ終わってから友人の分を買い忘れたことに気づく。酷い話だ。

 電車を乗りつぎ梅田へ。友人と合流し、昼を食べながら互いの近況報告。昼食後どちらからともなく書店に寄ろうということになる。文庫のコーナーに木地雅映子『マイナークラブハウスへようこそ!―minor club house(1)』が一段の四分の三くらいを使い面陳されていたので、おお!棚担当の人、力入れているな!と嬉しくなる。そういえばもうそろそろ二巻がでるな、と、さっき新宿のジュンク堂に行ったらもう発売していた!11日発売だと思っていた。解説は千野帽子! 次の解説、穂村弘書かないかな。物凄いぴったりだと思うのだけど。「存在自体が悪である」と呟く少女を穂村弘はどう読むのか、とか読みたい。自傷行為をする少女に向ける、登場人物の視線に「幼さ」からくる残酷さと「強さ」からくる傲慢さを感じるとともに、その潔癖さが恐くてぷるぷる震える。「女の子」は恐いよね、という相も変らぬ話をしながら、そのまま夜までふらふら歩き、友人の家の近くで美味しいモツ鍋を奢ってもらう。終電で京都にもどり二日目終了。

 三日目。10時に京都の友人と合流し、バスで大覚寺へ。嵐山を通過していると、京都在住の友人はものめずらしげに辺りをきょろきょろと見回している。聞くとこの辺りは殆ど来た事がないらしい。連休のはじまりとあって、人ごみが凄い。眼を丸くして、
「はー、すごい人。この人達なにしに来てはるんやろ」
とかいっている。いや、我々もその一部なのだが。

 寺内を見学し宝物殿に入る。ふと左側を見た瞬間、五大明王の姿が眼に入る。まさかあんなに大きいとは思わなかったのでとても驚く。大きいね。大きいですねと言いながら側に寄る。金剛夜叉明王の裾なびきすぎ!とか、小声できゃっきゃきゃっきゃ姦しく見てまわる。ついでだからと広隆寺も見にいく。初めてだという友人は弥勒菩薩半跏思惟像に「おお!教科書がおる!」と呟いていた。他に十二神将に見入ったり、正面の三体の仏像の巨大さ、とりわけ不空羂索観音像の姿に感じ入っていたようだった。

 街中に戻り、夕飯どうしましょうねと歩いていたら、昨日はなにを食べたのかと聞かれ、友人に美味しいモツ鍋を奢ってもらったと答えると、ちょうど目の前にモツ鍋屋があらわれた。そうそうあんな感じの店で、と言った瞬間、それが昨日大阪でいった店と同じ店だという事に気づく(と思ったら、後で調べたら別の店だった。似すぎ)。支店らしい。この偶然に驚く。面白かったので、モツ鍋食べます? と聞いたら、二日連続ですけどええんですか?と言われる。別にかまわないので夕飯決定。食べながら色々と話を聞く。友人はいま卒論の準備をしているらしく、中々に大変だとのこと。それは大変だ、と何の益も無いコメントをしながらがんがん飲む。聞いていると京都の学生生活は本当に楽しそうだ。色々なものの距離が近いような気がする。夜にきらきらした明かりのなか鴨川の川原で遊んでいる人達を見ると何がしかのファンタジーのように思えてくる。青春の密度が濃すぎるような気がする。あちらこちらに青春が充満しすぎていて息苦しくなりませんか?と聞くと、はあ、そういうものですか、と不思議そうに小首を傾げられた。


 夕飯後、近くの駅まで送って行き、さてとりあえずとコンビニでお金を降ろそうとしたら、祝日のせいなのか降ろせない。朝の6時半までお待ちくださいとの無情な表示。さて困った。手持ちは夏目さん二枚。とりあえず宿泊機関に泊まれない事は決定。始発で帰るつもりだったので、マックにでも入って時間を潰すかと考えるも、どうせ飽きるのは眼に見えているのでとりあえず歩く。歩いてばっかり。京都駅を振りだしに南下し東寺を一周。塀の外から見る真夜中の五重塔は恐かった。次いで北上しながら路地から路地にうろうろする。京都の夜は闇が深いような気がして首筋のあたりがぴりぴりする。三条まで行きそこから東進。木屋町にたどりつき今度はがんがん南下する。途中、夜が明けてきた。夜明け間際の木屋町はなんだか変な緊張感があって一人で歩いているのがちょっと恐かった。五条大橋で写真をとる。早朝の五条大橋から見る京都は静かでとても綺麗だった。