こんな夢を見た。

 なだらかな坂道を下っていると、向こうから若い女がやってくる。
 だいぶ近くに来たので見てみると、真っ白いスカートに薄い青色の半袖をあわせている女は、薄紅色の傘をさしている。
 はて、この晴れの日に傘とはと思っていると、ぽつりと、何かが顔にあたり、つづいて、ぽつりぽつりと、勢いを増した雨粒が体を叩き始めた。
 なるほどあれは雨傘だったのかとみていると、女は、傘を頭の上で逆さにし、先端の尖った所を片手に持つと、水影に煙り様子は良く分からないが、何やら楽しそうに傘を上下に動かし始めた。
 ぱつりぱつりと、雨が落ちる場所によって少しずつ音が変わる。
 どうやら彼女はそれが楽しいようで、笑いながら、片足でバランスを取るような奇妙な動きをする。雨が溜まり段々に重さを増してゆく傘を空に向けるようにして、ゆらゆらと揺らしている。
 器用なものだと思い、その様子を腕組しながら見ていると、
「あら、不躾な。見るなら、ちゃんと舞台で見なさいな」という。
 さかさまになった傘の下から、瓜実顔の整った顔立ちが覗いた。青白い肌の中に凛々と光る眼がこちらを値踏みするように見ている。傘に溜まった水ごしに、女の顔がゆらゆらと揺れる。
 傘に溜まった水が跳ね、私の顔にかかる。かすかに潮の味がするような気がした。
「なにをいっているんだい。舞台なんてものがどこにある。ここは往来ではないか」というと、彼女は七分目程に水の溜まった傘を重そうに片手で支えながら、呆れたように目を細めた。
「ほらそこにあるではないか、なんだい、お前はあきめくらかね」という。
 女が指差した方を見ると、確かに舞台があった。檜皮葺きの立派な舞台の上には、目の前の女と同じような格好で傘を揺らす女たちが沢山いる。
「舞台で見るのなら麻の葉の一枚でも持ってくるというのだが礼儀だろうに、その様子じゃ用意なんてしてやしないんだろう」
 困惑した私は、持っていた鞄をかき回し、中からどうにか、孔雀の羽を一枚引っ張り出してきた。
 そろそろ水が八分目にもなろうという傘を、片手から両手にかえて重そうに持ち上げている女は、それを見ると重さも忘れたように、
「なんだいそんな良い物があるのなら早くいうもんだよう」という。
 そこで私は、この女が北国の出身であることがわかった。