こんな夢を見た。

 小雨の中、路地の奥にある帽子屋に母と二人で入った。細長い店内の壁には一面、おなじ帽子がかけてある。台の上にもおなじ帽子がきれいに並べられている。奥にはカウンターがある。そのなかでは店主の奥さんが大きな中華鍋をふっている。店主夫妻は中国人である。カウンターに座った男がなにか食べている。琥珀色のとろりとした餡がかかった炒飯とから揚げだった。大人のこぶし程もあるから揚げは三つあった。とても美味そうだが夕飯前なので我慢することにした。男が皿から顔をあげた。
「ねえ、おばさん。明日の今ごろ猿とくるから二皿つくっておいてよ」
 店主の妻が渋い顔でうなずいた。どうやら常連であるらしい。
青椒肉絲ひとつ」
 母だった。何時の間にかカウンターに座り注文している。店主は頷くと中国語で何やら奥さんにいい、煙草に火をつけた。「イン」とか「シャオ」とかいう音だけ聞きとれた。奥さんは冷蔵庫を開け、なかから小さな牛を取りだした。片手にのりそうな小さな牛が奥さんに足をもたれ逆さずりにされてぷるぷるともがいている。それを見て母は「あまり生きがよくないわね」と呟いた。
 夕飯のまえなのに、と思いながら窓のそとをみると、雨が強くなっていた。随分と暗くなっている。色とりどりの傘がひらひらとしている。
 奥さんはぷるぷるもがいている牛をまな板におくと、眉間のところを二三度軽くさすった。すると牛の目がすうっと閉じて全身の力が抜けた。奥さんは壁にかかった大きな帽子を手にすると、それを持ちあげ、縁のところを一息に牛の首に振りおろした。さくっ、という音に続いて、きゅう、という小さな声がした。そのまま奥さんは手際よく牛を捌いてゆく。店主は煙草を揺らしながらそれを見ている。骨から肉を切り離し、大きな塊にぶつぶつと切る。それを細かく、さらに細く、骨からせせった肉も混ぜ、ミンチ状になるまで五分もかからなかった。それを奥さんは店主に渡す。店主は調味料をもみ込み、鍋を熱し、肉を入れ、細切りにしたピーマンとタケノコを入れ、調味液をかけまわす。じゅうと、音がしたところでお玉で二、三度かき混ぜるとそれで完成だった。良い匂いが、ぷうんと鼻先に漂う。洗面器程もある皿に盛られた青椒肉絲を食べながら母は「明日は晴れるかしらね」といった。私は自分が空腹である事に気づいたので返事をしなかった。