こんな夢を見た。

 生い茂る草々の向こう側にひときわ鮮やかな緑色の塊が見えた気がした。遠目に見るとそれは苔むした縄のようなものが幾重にも巻きついた井戸だとわかった。こんな山奥で井戸というのもおかしなものだと思い、草々を踏み潰し、背丈ほどにも伸びた蔓草を払いのけ、顔をつつむ草いきれの中をじりじりと進んだ。
 一足一足踏みゆくごとに高く伸びた木々の間から強く照りつける陽射しが剥きだしになった首筋を焦がしてゆく。麓では川が涸れたらしい。熱をもった頭の上に水筒の水をぴしゃぴしゃと振りかけるが、一息に、じゅう、と消えてゆく。これは堪らないと腰にかけた手拭を取りあげ、水筒に残った水を含ませ軽く絞り頭に巻きつける。生温い水がぬらぬらと頭から首筋をつたい、背中に落ちてゆく。
 だいぶ歩いているはずが、一向に井戸に近づかない。
 こちらが進むのに合わせてするするとあちらが引っ込んでゆくような心持になる。その場で立ち止まりぼんやりとしていると、目の奥にうつる井戸がゆらりと揺れた。途端に頭の隅から裏返されるような心持になった。これは恐ろしい事になると思ったので大股に歩を速めるが、地面の起伏がそれを許さない。距離の感覚が溶けたように足元が定まらなくなり、やがて千鳥足になった。しわしわと凋む心許ない地面の上を歩いているとまるで海の中を歩いているような心持になり、足元を確かめるように一歩一歩と進んでみるが、ぶよぶよと硬い水の上を歩いているようでその頼りなさに後から後から恐ろしさが沸いてきて、足を速めるが、やはり井戸は一向に近づかない。
 そのうち井戸の口に蒼いものが漲ったと思うと、そこから一時に水が噴出してきて、瞬きをするまもなく辺りが浅黄の色に染め上げられた。骨に染み込むような冷たさに息が出来なくなる。呼吸が苦しくなる。ぶくりと鼻の穴から泡が漏れる。忽ち肺の臓が一杯になる。
 井戸に見えたものはこの山に住む龍の口だったのだと気づいた時には、もう蒼い奔流に飲み込まれ、腹の奥まで冷たい水を詰め込められたまま山を滑り落ちていた。耳元でざざざざと山津波のような音がした。その音に目覚めると、枕元に積み上げていた本が雪崩を起こし、私に襲い掛かろうとしていた。とても痛かった。