『野獣死すべし』を観ながら松田優作とにらめっこ。先に瞬きした方が負け。全敗。

 こんな夢を見た。

 暗い海がひろがっている。湿り気をおびた生暖かい空気が流れている。白い波がゆっくりと踊っている。遠くの方で何か動いた、と思うと、それはぷかりぷかりと波間から姿を見せながら、ゆっくりと波打ち際まで近づいてきた。やがて現れたのは上半身裸で左腕を押さえた松田優作だった。ぶつぶつと何か呟いている。音を上げると、こんな風に聞こえた。
「つげ、つげ、つげ義春。メ、メ、クラゲー。××と書いて、メメ、メメ」
 足元を見ていた彼が顔を上げた。こちらを見たように思った。視線があったように思った。だがそんなはずはない。何故なら私はここにいないのだ。彼はそれでもこちらを見ながら呟く。「あの時と同じだ。あの時と同じだ。医者を捜しているんです。医者を捜しているんです。ここはベイルートですか」
 その時、私は気づいた。海から上がってきてから、彼は一度も瞬きをしていない。斜めに傾ぐ首と大きく見開かれた眼。
 彼は「つげ、つげ」と呟きながら、私をすり抜け、ふらふらと歩きだした。その後を追うと、やがて、白い部屋になった。外では雷が鳴っている。彼はこちらを見ながら何かいっている。その眼に私はうつっていない。白蝋のような顔とこけた頬、どこか呆けた退屈そうな表情の中にときおり激しい感情が走る。稲光が彼の顔を青白く染める。俳優のような激しい身振りを交えながら、彼は言葉を続ける。「……だって君は今確実に美しいんだ。それは悪魔さえも否定できない事実だ。……君は今確実に美しい。それは神さえも、神さえも超越している!!」
 彼は宙を見上げ、手を振った。一瞬、明かりが消えた。稲光が轟いた。大音量で音楽が流れはじめる。やがて、彼はその音楽にあわせて歌い始めた。
「息を切らし、胸を押さえて」
 何時の間にか服がU.Sアーミーの戦闘服になっている。その手にはマイクが握られている。激しく腰を振る。朗々とした声が狭い部屋に反響する。
「薔薇より美しい。ああ君は」
 呼吸が止まる。そして、天と大地を指差し力強く叫んだ。
「かわった!!」

 私はその声を聴いた刹那、夕べ寝る前に『野獣死すべし』を観た後、イヤホンでグループ魂を聴きながら布団に入った事を忽然として思いだした。そうかこの夢はそのせいかと思った途端、大きく見開かれた丸い蒼々とした輝きを放つ眼が一層に光を強め、唇の端がゆっくりと吊りあがり、その顔に、子供が何かを思いだした時のような、どこか得意げな笑みが浮かんだ。
「ラァム、コァントロー、それに、レモンジュースを少々、シェイクするんです。わかりますか?」
 私は思わず答えていた。
「X、Y、Z……」
 銃声が響いた。自分が撃たれたのだと、私はぼんやりした頭で思った。