心の折れる音


 そろそろ本格的に冷え込みが厳しくなってきた帰り道、いつもの古本屋の均一棚でロジャー・ゼラズニイ魔性の子』を購入。イラストレイテッドSFシリーズの方。50円。他に早乙女貢『幕末愚連隊』、グレアム・グリーンヒューマン・ファクター』をそれぞれ20円で購入。続いて他の古本屋の軒下を覘く。
 その店は二つある出入り口それぞれの両脇に棚があり、さらにその間にも棚が置いてある。店に向かって左側と真ん中の棚だけをざっと見て、200円とある深沢七郎『みちのくの人形たち』を手にとり店に入り、会計をすませ、入った口とは違う方からでて、何気なくそちら側の棚も見たところ、うずたかく積み上げられた頑丈そうな黄色の箱が眼に入る。見ると図書館で読んで以来、欲しかった、志賀直哉 佐藤春夫 川端康成監修『現代紀行文学全集』ではないですか。昭和33年版で10巻中『山岳篇 下』と『写真篇』の2巻欠けの8冊。幾分汚れた箱からだして中を見ると、本を包む蝉の羽のような色をしたセロファンがほろほろと崩れてきたが、本自体は割合に綺麗で、どうやら月報も付いているもよう。箱に鉛筆で書かれた値段は一冊100円也。さあどうする私。迷うことがあるのかこれは買うしかないだろう。いやでも暫く倹約しようと決めたのはつい昨日の話だろう。なにをいってる全部買っても800円だ。いや、でも買っても置き場に困るし。なにをいってるこの間掃除して場所ができたのを忘れたか。いや、忘れちゃいないけど文庫ならまだしもこの大きさのはさすがに。いまさらなにを言っている、本は一期一会と忘れたか。それもそうか。ぽき。あ、折れた。


 ビニルの袋に詰められた堅牢な箱が手に重い。よたよた歩いていると細く縒れた袋が掌に食い込んでくる。持つ手をかえながら思うにこれで人を殴り殺せそうだ。箸より重いものを持っても可笑しい年頃、こんなのを持っては明日は筋肉痛必死だなと思いながら最後に一軒立ち寄り、森銑三『明治人物閑話』を購い帰宅。帰りの電車、席に座れたはよいが足元に置いた箱のため、前に立ったおじさんの邪魔になったようだ。申し訳ないことをした。でもこれ網棚にあげるの無理。