桜桃忌にもいったことがないのに。

 

 お使いで始めて三鷹の地を踏む。目的の場所は禅林寺というお寺の近くという事しかわからない。それだけわかれば何とか行き様もあるのだけど、問題はそのお寺の場所を調べプリントアウトした紙を机の上に忘れてきてしまったということ。しかたないので交番にいき道を尋ねることにする。幸い駅前にすぐ見つかる。少々なら時間も融通できそうだったので、古本屋も見ようと思い、まずそれから尋ねる。近辺にはあまり古本屋はないということだけど、それでも2、3軒教えてもらう。お礼をいい、交番をでようとしたところで何のために寄ったのか思いだす。「あ、すいません、ところでこの辺に禅林寺……」というお寺ありませんか、と聞こうとしたら、「禅林寺」といった瞬間、「ああ、太宰のお参りですか。それなら」と道の説明が始まったのだけど、何故と思っていたら、禅林寺って太宰の墓があるのね。知らなかった。用事をすませた後、ついでだからと件の寺に立ち寄ると、太宰の墓の斜め向かいあたりに鴎外の墓もあってびっくり。するとなにか、古本屋について尋ねた後、太宰の墓がある寺のことを尋ねた私はもしかして、墓参りをするくらい太宰が好きな人間と思われたのかもしれないのか、と気づき、何だか恥ずかしくなる。


 教えてもらった古本屋に立ち寄る。線路沿いにある古い建物は、電車が通るたび震動が伝わり体が揺れるような気がする。店主のご老人は少々耳が遠いようで、話しかけても首をかしげて、「すまないけど、もうすこし大きな声で喋ってくれないかね」と大声でいう。
 狭く薄暗い店内には古い本が詰め込まれていて、さて何かあるかと見ていたら棚に早川の異色作家短篇集の1から7までが置いてあった。見ると12巻版。一応値段を見ようと手にとると書いていない。店主に聞くと3500円くらいだという。”くらい”とは何だろうか。安いは安いけど復刊するしなぁと思いながら棚を見ていると、岡田甫『奇書』が置いてあり手を伸ばす。こちらには値段が書いてあり、800円だという。これは破格に安い。と思って財布を見ると500円しか入っていなかった。そういうものだ。店をでがけにふと棚の端を見ると、小さな文字で「万引きにあってつぶれた古本屋はない。然し、損はする」と書いてあるのが目に入った。思わず吹きだしてしまう。なんともとぼけた古本屋だった。