酒は百薬の長とはいうけれど。

 
 夜通し河岸をかえながら鯨飲馬食を繰り返した結果、ふらふらになり帰宅しまとわりつく疲労感と戦いながらどうにか着替えをすまし布団に入った瞬間ブラックアウト。気づくと嗅ぎなれた毛布のにおいの中で重度の二日酔いとともに目を覚ます。
 頭はがんがんするし顔は紙が貼り付けられたようにごわごわするしかさつく唇の端が少し切れているみたいで舐めるとぴりっとした痛みがある。ちょっと気を抜くと胃の中で渦巻いている熱くどろどろした液体が出口を求めて喉元までせりあがってくるので、何度も唾を嚥下して押さえつけながら毛布に包まり胎児のように丸くなり「あぁ、うぁ、うぁ、うーあー、うー」という意味不明の声を小さく漏らし、明らかに自分からでている饐えた臭いのこもる布団の中で昨夜の愚行を反芻して自虐的な喜びに浸っているうちに、どうにも我慢できなくなり手洗いへかけこむ。本に躓きながらもどうにか間に合う。活きのよい金魚が塊になって食道の壁を擦りのぼってくるような感覚に、話に聞く人間ポンプとはこんな感じかと思ってみる。口元をぬぐい冷蔵庫から取りだした水を大量に腹腔に流しいれていると視界がぐるぐるとまわりだしたので「こんなぐるぐるまわる家なんかいりませんよ」と呟こうとしてもそんな元気も無い。粛々と布団にもどりまた目を瞑る。
 
 食べも食べたり飲みも飲んだりと思いながら、何を食べたかあまり記憶がないのだけど、お酒の方はワインをグラスで三杯、ジーマ二本、ウイスキーをロックで四杯、ラムをストレートで二杯、ウオトカをストレートで二杯、カクテルを三杯、サワーを二杯、って覚えているだけでもこれだけ飲んでいるのだから多分もう少し飲んでいるはず。
 良いペースでお酒を飲んでいるとまわりが「何かあったのか」と冷やかしてくるので、普段からお世話になっている方々なだけに「いや、ちょっと聞いてくださいよ、もうあれがこれでこれがあれで」と何か深刻な悩みでも打ち明けて楽しんで頂きたいと思ったのだけれど、これが見事に何にもないから困る。しょうがないので素直に、「久しぶりに二日酔いになって自分の体の回復機能を確かめてやろうと思っているのです」と答える。ならばちゃんぽんが良いだろうということでこんな阿呆なラインナップになる。酒の神様に叩き殺されるかもしれない。
 久しぶりの二日酔いは中々面白い。くたくたになるまで運動した後の疲労感に何か心地良さのようなものを感じるより、私は二日酔いの状態の方がより自分の体の限界を感じ取れそれが興味深くもあり心地良かったりもするので、たまに二日酔いになりたいと思うも、生来の酒の弱さからか肝機能のおかげか知らねども二日酔いになれるなんていう事は殆どないのだけれど、たまに体調が良いとすいすいお酒が口から流れ込んできて翌日へ残り見事に二日酔いになれる事がある。昨日はそんな感じでぐいぐといけたのだけど、そう考えると二日酔いは自分の体調のバロメーターかと思い布団の中で「よし自分、健康」と頷いてみる。
 
 夕方には完全に回復。風邪が全快したときのような心地良さを味わいながら熱いお風呂にゆっくりと浸かり、夕飯の買い物がてら近所を散歩。まだ梅雨明け宣言はでていないようだけど、風呂上りの火照った体に触れる空気の質感や薄い夕暮れの匂いに夏が感じられてとても嬉しくなる。そういえば子供の頃は夏場になるとよくお風呂上りに浴衣を着て下駄履きに夕涼み気分で散歩していた。懐かしい。