冬にして鯵を思う。


 今日は冬至なので南瓜と小豆でも煮て食べようかと、スーパーに立ち寄るも、商品を見ているうちに南蛮漬けが食べたくなり、鯵と玉ねぎ、鳥肉、人参、エリンギを買って帰る。
 少し歳の離れた友人2人(♂♀)と話をしていて、今日は南瓜と小豆を甘く煮て食べようかなと言ったところ変な顔をされる。彼ら曰く、何故そんな面妖なものを食べるのかと。何故といわれても、冬至の習慣ではないかと言うと、そんな風習なぞ知らんと一蹴される。おまけに、お里がしれますぜとの言葉を賜る。やんぬるかな。ちなみに私の実家ではこれに小麦粉を練って茹でたものも加える。どうせ田舎ものだよ。


 帰宅後早々に調理開始。
 酢、砂糖、醤油、豆板醤を適当に鍋に入れ、一煮立ちさせたところに薄切りにした玉ねぎと千切りにした人参を入れ、軽く煮て火から下ろす。これで漬けタレの出来上がり。続いて鯵の下処理へ。ぜいごを削ぎ取り、えらを捥ぎ、最初澄み切っていた眼が濁っていくのを見ながら包丁の先で内臓をかき出し、流水で洗って水気を拭き取り下処理終了。
 鯵と一口大に切って塩胡椒した鳥肉に小麦粉をつけ、余分な粉を叩き落とし、粉を馴染ませるためしばし放置。その間、帰りがけに買った吉田秋生の新刊『イヴの眠り 3』を読む。

 菩薩の貌を持つ夜叉 殺すことを何より楽しむ 異形の鬼だ


吉田秋生『イヴの眠り』p24)

 中々えげつない展開になってきたので次巻が楽しみ。
 ただ、アクションの描き方が単調にすぎ少し気になる。銃撃戦は気にならない、いや、むしろ好きといえる。例えばp8〜9で死鬼がシンのBGを撃ち殺す場面とかは表情の変化、目線のつけかたとか流石だなぁと思う。しかしながら、格闘に関して思うに近接戦で蹴りを多用しすぎなのでは。というか、絵を見るとあれはただ足を振り回しているだけにしか見えない。あれは一体どこに当たっているのだろう。それとも『虎狼拳』という門派はそういう技法が中心という設定なのかしらん。それにしたところでp126〜127の烈と小英の散打とか、p131〜132のアリサと小英の散打の描写は、野暮かつ本筋に関係ないのは重々承知で、どうだろうと思う。
 それにしても吉田秋生、絵の移り変わりが激しいなぁ。『BANANA FISH』初期のあの線の太さは何だったのだろう。絵の事は全然分からないが、同じ人物の絵とは思えない。いや、初期の短編や『カリフォルニア物語』なんかの頃は違った意味で線が細かったけど。そういえば『吉祥天女』は内容も怖かったけど、何より絵が怖かったなぁ。特に小夜子の髪の質感とか。

 
 10分程で読み終わり丁度良く粉が落ち着いているのを確認し、スキレットに油を注ぎ点火。まず鯵を中温の油でじっくりと揚げ、その後、鳥肉を揚げ、最後に縦に裂いたエリンギを素揚げする。揚げたそばからタレに漬け込む。じゅっ、という音が耳に心地よい。
小一時間冷蔵庫に入れ味を馴染ませる。
 その間にお米を炊き、味噌汁をつくる。具は豆腐のみ。南蛮漬けは中々美味しかった。たっぷり作ったから暫くは楽しめるだろう。ちなみに鯵30匹、鳥肉300g、エリンギ6本。